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【闘病育児日記1】娘は自力で人生をスタートさせようとしました。

こんにちは。

ヨガで愛と楽を育むベキベキです。



今日から娘の闘病日記をこちらへ投稿していきます。

まずは娘のご紹介

2009.11.23生まれ (現在小学生)
女の子

・先天性食道閉鎖症
・先天性十二指腸閉鎖症
・先天性気管軟化症
などを患って産まれる。


現在はとても元気。
通院は1年に2回程度の外科外来で経過観察。
かかりつけの街の小児科への受診は、
2ヶ月に2回(風邪から来る気管支炎・肺炎など)
入院はほとんどしなくてすむ。

飲んでいる薬は無し。


妊娠30週まで異常は見つかりませんでした

エコーで異常が発見されました。
街の産科の先生のエコーの手がぴたりと止り、
「お母さん、こちらのお部屋(相談室みたいな別室)へどうぞ。
お話があります」

と通される。


病名を告げられました。

この段階では、
【先天性十二指腸閉鎖症】
先天性腸閉鎖症・腸狭窄症 — 日本小児外科学会

しかわかっていませんでした。



私は先生に質問しました。

「今の段階で、私ができることってありますか?」

「いいえ、ありません。安静にしておくくらいですかね」

「お腹の中で治ってしまう事ってありますか?」

「いいえ、ありません」

「…そして、この病気の子の3人に1人はダウン症であることがわかっています」



この後、数日間の私の記憶は欠落しています。


娘(Kさん)誕生

もちろん帝王切開での計画出産をする予定でした。

通常のお産と違い、
産科と小児外科との連携が必須でしたから。

想定できる範囲で対応できるように
ドクターが態勢を整えてく必要がありましたので。



しかし、娘はそれを裏切るように、
前期破水を経て、自力で産まれて来ようとしました。


このとき私は入院していましたが、
祝日ということで気分転換の外泊を許可され、
実家で過ごしていました。

◯祝日
◯夜中の破水
◯外泊中

3つの悪条件。


もちろんドクターも油断していたでしょうね。


日中にドクターがそろうまで、
私は陣痛を止める薬『ウテメリン』を点滴し、
数時間、病院の処置室で待機していました。


「お母さん、ドクターがそろいました。
今から帝王切開で赤ちゃん、取り出しますね」


手術室へと通されました。